当時の我が家から環八通りをしばらく走って、杉並区に入ったばかりの、閑静な住宅街にある落ち着いた佇まいの大きな木造住宅の2階がStudio PRANA(ストゥディオ・プラナ)のオフィス。
初めて伺ったのは2013年2月、しっかりした基礎でもある地下はダンススタジオもやっており、裏庭にはガレージの屋根を兼ねた人工地盤の上にまで畑のあるナチュラルガーデンと、木造の力強い建物がやさしさの中に威厳のあるなかなか素敵な空間だ。
オレンジ色のシンプルなタートルネックを着た林さんは穏やかな物腰で私たち二人を迎えてくれた。そして、その私たちの目に真っ先に飛び込んで来たのは、窓いっぱいに広がる桜の木。玄関の横の植え込みの桜が枝をのばし、2階まで顔をのぞかせているのだ。
「えっ?もう桜が咲いているんですか?」
と驚く主人に、
「それは十月桜と言って早咲きの桜なんです。なかなか咲かなかったのですが、先月頃からようやく咲き始めたのです。」
と林さん。十月桜。そんな名の桜があるなんて。初耳だったので、とても新鮮だった。
それにしても、なんと、見事な設計なんだろう。
壁一面に広がる窓の前には打ち合わせテーブル。窓を背に座る林さんの背景が庭から延びている桜の木になるという心憎い演出。聞けば、この家は林さんのご実家で、同じく建築家のお父様が設計されたのだという。娘さんへの愛情を込めてこの家は造られたのだと、桜たちが語っていた。
それはさておき。林さんは相手の話をとにかくよく聞く人だった。話した内容を的確に察知し、理解する能力にもたけた人だと言う印象を受けた。
人の話をキチンと受け止める設計士さん
今まで会った建築家はそう多くはないけれど、みなさんノート片手に話の内容を聞いていた。主人は日頃から、それがどうもひっかかると言っていた。
メモをとるというのは人の話をよく聞いているようには見えても、実は頭にはたいして入っていかないものだと。本当はメモをとらずに話をきちんと聞くのが一番だといつも言っている。もちろんメモを取らなければいけない場面も多いけれど、そういう面も確かにあるな、と思った。
とにかく、だんなの理想どおりの姿で林さんは私たち二人の前に座っていた。なんだか不思議な感じがした。
まとまりがない私たちの話にも根気よく耳を傾け、質問にはきちんと答え、必要な時は質問以上の内容をきちんと返した。聡明な人だな,と感じた。そして、建築家としての独自の哲学(良い意味でのこだわり)をちゃんと持っていることは言葉の端々からもにじみ出ていた。
伝統構法と呼ぶんですよ
そういえば、私たちはこんな家を造ってほしいと思っていても、そんな家が何という名称なのかさえ知らなかった。昔ながらのしっかりした作りの土壁の家、柱や梁がきちんと組まれて地震を受け流す力のある家を頼みたいとここを訪ねたのだ。林さんはそれを伝統構法と言うんですよ。と初めて教えてくれた建築士さんであった。それ以来我が家は伝統構法!の大ファンになってしまったのである。
聞けば、伝統構法に携わる設計士さんや大工さんなど職人さんは数が極端に少なくなっており、言葉を知らないと出会う事すら難しくなっているらしい。出会えてよかった!と思った瞬間だった。まず我が家を建てて、良さを実感したいとも思った。
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