東京に暮らし出して12年が過ぎました。最初、驚く程濃いと感じた外食の味つけもだんだんと慣れ、それ程違和感を感じなくなりました。それどころか、味の薄い濃いに関係なく、美味しい物は美味しい、とも思うようになりました。(もちろん、限度はありますが。)今回紹介する老舗のお弁当、「日本橋 弁松総本店」のお弁当も東京風の甘辛い味つけが特徴の美味しいお弁当です。
魚河岸向けのお料理屋ではじまった弁松
弁松のはじまりは約200年前、日本橋の魚河岸で働く人向けに出された食事処「樋口屋」です。時間のない魚河岸で働く人の残った料理を経木や竹の皮で包んだのが折り詰め弁当のはじまりで、嘉永3年(1850年)、三代目の樋口松次郎の時代に折詰料理専門店「弁松」を創業しました。
上棟式にお出ししたお弁当
もう一月経ちましたが、先月行なわれた我が家の上棟式には、この弁松の折詰め弁当をお出ししました。家計上、豪勢なお弁当にはできませんでしたが、どうせお出しするなら心を込めて選んだものを出したいと考えいろいろ探した結果、弁松のことを知り、東京の職人さんに食べていただくのに最適じゃないかと考えました。
このご時世にめずらしい経木の折箱
それともうひとつ、上棟式に出すにはこちらのお弁当が一番!と考えた理由は、弁松の折詰へのこだわりがありました。弁松の折詰は今ではめずらしい100%経木の折を使用しています。
今はデパートで売られている老舗のお弁当でも木の模様があしらわれたプラスチック製がほとんどです。でも、弁松の折箱は、北海道のエゾ松と黒松が原料で、森林を育てる過程で発生する間伐材で作られています。それは、東京の木を使って家を建ててもらっている我が家の思いと合致します。どうせお金を払うならゴミになるプラスチックにではなく、国産間伐材にお金を払いたいと常日頃から思っていますので、これだ!と思いました。
それに加えて、木の折箱の気持ちよいこと。ふたをあけたらほんのり香る森の香りは食欲をそそりますし、経木には殺菌作用もあります。お弁当パックがプラスチックに取ってかわられてしまったことが、かえすがえすも残念でなりません。折箱に限らず、国産間伐材の商品がもっとたくさん復活していけばいいな、と思っています。
甘辛で濃ゆい江戸風味つけ
味つけの特徴は、なんといっても「甘辛で濃ゆい」味です。私のように、薄味に慣れた関西出身の人間が「江戸風の濃ゆい味」と言われて思い浮かぶのが「たまご焼き」。関西はだしをしっかりきかせた「だし巻」が主流なのに対し、東京の卵焼きは砂糖をしっかりきかせた甘い卵焼きです。どちらが良い悪いではなく、違った美味しさがあります。弁松の卵焼きはもちろん、甘い江戸風卵焼きです。
その他、メカジキの照り焼きや、野菜の甘煮、しょうがの辛煮、豆きんとんなど、ずっと変わらない定番の味を守っています。それが老舗のこだわり。お弁当のメニューは豊富ですが、定番に加えておかずが増えていき、その分、お値段もあがっていくという実にわかりやすい展開です。
老舗だからといって高すぎない価格設定
しかし、老舗だからと言って、決してお高い値段ではありません。一番安いのは千円を切るものもあり、弁松さんも初めての方にはスタンダードの並六をおすすめしています。並六が味の基本で、高いものでも一万円程度です。バリエーションも豊富なので、幅広い用途に利用できる価格帯です。これも本当の意味での老舗だからこそできるお値段ではないでしょうか。
老舗はお値段が高い、というのは大概は消費者側の思い込み。本当の老舗は適切なお値段だからこそ続いているのですね。これは京都の老舗料亭“菊乃井”のご主人もどこかで同じようなことをおっしゃっていました。
変わらないことの価値
弁松のお弁当もそうですが、お弁当でも和菓子でも、長く愛されるものには変わらないことの価値を感じさせる商品が多いです。お客さんが「あれをまた食べたいな。」と思ったときに変わらずそこにあるもの。それが老舗としての一つの役目なのかもしれません。弁松のお弁当もそういうお弁当ではないでしょうか。と、これを書きながら、また食べたいなぁ〜とお腹がすいてきました。今話題の日本橋。日本橋散策のかたわら、一度、本店にお邪魔してみたいと思います。